掛け算の順番には意味があるに決まっている

小学校の掛け算の授業では、順序に意味があるらしい。 - enomoto-2009の日記

【最短理解でもなんでもない】なぜ5×3ではなく3×5なのか【大幅書き直し中】

【ゆっくり理解】なぜ3×5で正答で、5×3が小2のテストでは誤答なのか


この問題を,子供に掛け算をいかに教えるか,という観点で考えると,2つの方法が論じられているのがわかる.


(A) 掛け算を教えるために,個数や「1皿あたり」といった概念と結びつける


(B) (A)を子供が理解しているか確かめるために,掛け算の「順番」という決まりごとを使う


(A)の有用性に疑問を持つ人間はいないだろう.これぐらい理解できていなければ,後々の日常生活に支障を来たす.バカをバカのまま育てたら困るのは皆同じだ.


問題は(B)である.


この方法は,一見明らかに筋が悪い.数学の世界では通用しないローカルルールであり,将来的には忘れてしまって何の支障もない.

子供が(A)を理解しているかは(A)をそのまま問えば分かることである.数字の後ろに,[個]やら[皿]やらを付けて式を書かせる,というのも,「順番」よりは良いアイディアだ.


それでもあえて「順番」を使うと言うなら,次のように,(A)で教わった以外の知識,能力が,生徒側に必要となる.


(1) 生徒は,(A)を理解しているしていないとは別に,「順番そのもの」を暗記する必要がある.


(2) 順番を変えても答えは変わらないと理解している生徒はさらに,答えを得るにはどっちを先にしてどっちを後にしても構わないのだが,とにかく「かけられる数」が先*1,と決まっているのでそれに従うべき,ということを理解する必要がある.


(3) そして,文章題で「掛け算の式」を問われたときは,上記知識を全て理解しているのだということを,掛け算の順番を以って披瀝せねばならないのだと納得する必要がある.


ここで「(A)の概念さえ理解していれば,掛け算の順番などどうでもいい」と思っている人に,考えて欲しい.わざわざ(B)という方法を用いて,ここまでの複雑な知識体系を教え込んでいる理由は何か?


それは,「有能な奴隷」を効率的に育てるためだ.


将来役に立たない知識体系を尤もらしく教え込み,それに従うことに疑問を持つ生徒を焙り出し,再教育するのに大変有用なのである.

順番が違うのでバツをつけた子には後でフォローする,というのは,つまりそういうことだ.生徒にヒアリングして,(A)を理解していたら○をあげる,などと言う.(A)はどっちにしろ教え込まなければならないので,それはそうだ.が,その後で,「じゃあ,次のテストからも,順番がどうなってても僕には○をくれますか?」と聞かれてYESと応じる教師はいないだろう.理解しているのなら順番通りに書け,と指導するはずだ.


どうしても納得できない生徒は,(A)を理解していようと落ちこぼれて構わない.有能ではあるが,奴隷にはなれそうにないからだ.


この方法が巧妙なのは,教える側でさえ,生徒に良かれと思ってやっていることだ.交換可能だけど意味があることだから今はあえてこう教えることで生徒が概念をよく理解できて,みたいに思い込まされ,そのまま善意で教えているのだ.おそらく自分が小学校のときは,よくできる生徒だったのだろう.


二つの数の掛け算の順番などという,1bitの情報量しか持たない話でここまでのことができるのだ.これ以上効率の良い教え方があるだろうか?


そして学校教育というものには,こうしたギミックが随所に仕込まれている.でも,決してどこにも明記されていない.指導要領とやらにも書かれてはいない.当たり前である.書かれていないそれを読み取る力を持ち,その建前を充分理解したうえで上位者の期待通りに振舞うことのできる人間にのみ,それを書くことが可能なのだから.

*1:逆か?どーでもいいけど