勝手な想像

午前中テニスをした帰り、皆で昼食を取るためにファミレスに寄った。日曜の店内はかなり混んでいた。


食事中、ふと気づいた。窓際の4人席に老人が一人で座って、黙々と食事をしている。かなりの老齢に見える彼は帽子を被ったまま、物憂げに茶碗から米を箸で口に運んでいた。

周囲は小さい子供を連れた家族や友達同士の会話や笑い声に包まれていて、その老人の席だけが、その静寂でもって別の世界を形作っているかのようだった。


ここで、人によっては彼の老人の孤独な身の上を想像するかもしれない。


例えば奥さんとはもう死に別れて、何人かいる子供はとっくに独立している。定年までは仕事中心の生活で、近所には友人もあまりいない。趣味といえるほどの趣味も無い。一人の寂しさを紛らわすため、こうして休日の昼はファミレスで食事をすることにしているが、それが彼の寂しさをより強くさせている。


・・・・・・だが、それは何らかによって類型化された、勝手な想像だ。彼も普段は友人や家族と一緒に食事をしているだろう。休日、たまには一人で昼食でも取ろう、と思ったのかも知れない。仕事だってまだしているかも知れない。

いや、実は彼は大富豪で、気ままなお忍び旅行中なのかも知れない。若い女性と不倫中で、この後一人暮らしの彼女の家を訪れる予定なのかも知れない。


全ては勝手な想像で、正直、すごくどうでもいい。事実がどうであろうとそれを知ることはないし知ってもどうしようもないのだから、等しくどうでもいい。


そんなことより私にとっては、今日の夕飯を何にするかの方が重要である。