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組体操は危険だからこそ価値がある

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ダンスだとか長縄跳びだとかがブコメで提案されているが、無論そんなものではダメだ。見ている人が感動できるレベルになれるわけがない。

考えてみて欲しい。演じるのは素人の小学生だ。運動会前に多少時間をかけて練習したとしても、大したレベルには達しない。年間の授業時間を大幅に犠牲にして準備すれば、ある程度のレベルには達するかも知れないが、もちろんそんなことは許されない。

一方、組体操というのは簡単だ。ほとんどの児童は、基本的にはじっと耐えていれば良い。普通の小学生には難しくてとても実現できない、というのであれば、そもそもここまで全国的に流行しない。

では、そんなレベルの演し物を見せられた大人は、一体に何に感動しているのだろうか? ダンスや長縄跳びでは得られない感動とは、一体何なのか?

それは、練習の成果であるとか、演し物の完成度とか、そんなものではない。一歩間違えば大怪我をする、命にかかわるという危険を犯しながら、それをじっと耐え忍んでいる子供たちの姿に、感動するのである。

これは、危険であれば危険であるほどよい。ピラミッドの段は高ければ高いほど好ましいし、安全対策など無い方が良い。本当はさわやかな秋空の下ではなく、真夏の炎天下でやって欲しい。水分補給などもってのほかだ。崩落による怪我のみならず、熱中症の危険にも同時に耐え忍んでいるとなれば、これはもう格好の見世物である。

リスクだけを考えていてはスポーツなどできない、などという反論はただの建前であり、的外れである。リスクを取ることに価値があるのだから。


そんなことはない、自分は、子供たちが一つのことに取り組み、課題を乗り越えて何かを達成する姿に感動するのだ、と言う人に問いたい。

もし、組体操に安全対策をしたらどうなるか。下は土のグラウンドではなく、最先端の衝撃吸収材を敷き詰めた、組体操用のマットを用意する。さらに全ての児童が、ヘルメット、肘、膝等の関節にプロテクターを装備する。眼を守るゴーグルも必要だ。突き指を防ぐためグローブも装着しよう。当然ピラミッドの横には丈夫な建造物、あるいはクレーン車などを備える。二段目以上の全ての児童に個別に命綱を付け、ピラミッドが崩落した場合にも決して落下しないようにするためだ。それから、医師と救急車も配備しておこう。いや、そもそも学校ではなく、設備の整った病院の敷地内で行う方が良い。

そのような安全対策が取られた組体操を見ても、「同じように」感動できるだろうか?


我々は、「危険を顧みない行為」に対して感動を覚える回路を持っている。それ自体は否定されるべきものではない。問題は、その危険を他者に強要することである。かつて奴隷をライオンと戦わせ、現代では子供たちには組体操をさせ、それで我々は一体何を得ようとしているのだろうか。