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優秀な学生が「やり方は間違っていたが世の中を変えようとしたことはすごい」と言うことについて

単にやり方が間違っていただけで、世の中を変えようとした意図や、実際にアクションを起こしたことは素晴らしい。

そう言いたい気持ちは良くわかるし、特に相手が20才そこそこの学生であれば、実際その通りだと個人的には思う。

だが一方で、世の中の多くの大人がそうした考え方に対して拒否反応を示すのは、決して人の失敗を嘲笑したいからとか、生意気な若者を見下したいからとか、そういう理由から「だけ」ではないことは、知っておいてほしい。特に、あなたが世間から「優秀な学生」であるとみなされているような場合には。


かつて、世間で一流と言われる大学を卒業した大勢の学生たちがいた。彼らは、世の中にある様々な理不尽に対して本気で悩み、迷い、考え、やがて、彼ら自身のアイディアではなかったが、それらを解決するある手段に行き着いた。

おそらく、彼らの意図には、名誉や権威への欲望とともに、世の中に対する善意も確実に混じっていた。問題を感じ、世の中を変えたかった。そして、実際にアクションを起こした

世間は、なぜ「優秀な学生」だった彼らがそのようなアクションを起こしてしまったのか、全くわからなかった。今もわかっていない。邪悪な首謀者に完全に洗脳されていた、と結論できればどれほど簡単だったろうか。たしかにそういう側面もあった。だが、それだけでもなかった。


もちろん、上記の事象と、今回の出来事とは、全く何の関係もない。共通点を見出そうとする意味すらないのだろう、とこれを書きながら考える。

それでも、優秀な学生が「やり方は間違っていたが世の中を変えようとしたことはすごい」と言うとき、素直に同調できない大人がいることもまた宜なるかな、と感じている。